恋愛自給自足の間

恋愛における空想の重要性について。それと趣味。

「空想恋愛」に立ち返れ : E・フロム『愛するということ』批判

 

 エーリッヒ・フロム『愛するということ』は、恋愛論の世界的ベストセラーであり、昨年のNHK「100分de名著」でも放送されるなど日本でも有名な作品です。

「生きることが技術であるのと同じく、愛は技術である」(p.17)
「愛することは個人的な経験であり、自分で経験する以外にそれを経験する方法はない」(p.160)

 など、心にしみる格言が数多く記されており、恋愛を考えるうえで大きな刺激となります。

 ですが現代の思想や科学の観点から見れば、彼の恋愛論には批判されるべき箇所も相当数あるのです。今回はその一部を取り上げてみましょう。

 

 前回の記事で、私は以下のようなことを書きました。

私たちは、周りの人たちが恋愛をする様子や、恋愛について語る言葉、恋愛を描いたマンガや小説などを通じて、「恋愛とは何か」を学ぶことによって、初めて恋愛をすることができるようになるのです。

 つまり恋愛は、他者の恋愛に共感したり、想像を膨らませたりすることによって学び取るものなのです。このような、共感や想像を基盤とした恋愛を「空想恋愛」と呼ぶことにしましょう(これに対して、現実世界で恋愛を実践することを「現実恋愛」と呼びます)。

 言い換えれば、すべての恋愛は「空想恋愛」から始まる、ということです。

 古来より数多くの恋愛論が編まれてきましたが、この「空想恋愛」の重要性については常に見落とされてきたのです。もちろん、フロムの『愛するということ』も例外ではありません。

偽りの愛の中には、「センチメンタルな愛」とでも呼ぶうるものもある。この愛の特徴は、愛が、現実の他人にたいする現実の関係において経験されるのではなく、もっぱら空想のなかで経験されるという点である。このタイプの愛のもっとも一般的な形は、映画や、雑誌のラブストーリーや、ラブソングの愛好者たちが経験する、身代わりの愛の満足感に見られる(『愛するということ』p.150)

 それどころか、彼は「空想恋愛」を「偽りの愛」として批判さえしているのです。

 実際には、「現実恋愛」においても「空想恋愛」と同じような思考活動を行っています。そのことを確認していきましょう。

 恋愛にかぎらず、私たちは他者と対話するとき、相手に「共感」を示すことあります。この「共感」というものは、認知科学的には一種の「推論」であるとされています。安西祐一郎『心と脳――認知科学入門 (岩波新書)』に簡潔な要約があります。

他人の感情を顔の表情や身体の動きから感じ取るときには、意識しなくても相手の表情や動きに自分の表情や動きが共鳴したり、「嬉しいんだな」とか「沈んでいるのね」というふうに、相手の感情を意識的にカテゴリー化したり、いろいろな心の機能が平行してはたらく。共感はこうした複雑な心の働きの産物であり……(『心と脳』p.210)

 要するに、「共感」とは「無意識下での『推論』である」ということです。言うまでもなく、小説やマンガ、映画などの「空想恋愛」を理解して楽しむうえでも、上記引用のような「共感」は重要な役割を果たしますよね。

 

 この「共感」ということについて、フロムは別の箇所でも重要な事実を見落としています。
 彼によれば、「人間のもっとも強い欲求とは、孤立を克服し、孤独の牢獄から抜け出したいという欲求である」(『愛するということ』p.25)。そしてそれを実現できる唯一の方法が「人間どうしの一体化、他者との融合、すなわち愛にある」(p.37)のだそうです。そして彼は愛を過信するあまり、重大な過ちを犯します。

愛によって、人は孤独感・孤立感を克服するが、依然として自分自身のままであり、自分の全体性を失わない(p.41)

 ここで重要なのが、フロムは「孤独・孤立を克服」と書いており、決して「孤独・孤立を克服」とは書いていない、という点です。つまり、愛においても現実的な「一体化」や「他者との融合」は不可能であり、あるのは個人的な「孤独感・孤立感」の解消でしかないのです。「依然として自分自身のままであり、自分の全体性を失わない」というのは、一体化の不可能性という恐ろしい現実からの逃避であり、歪曲された肯定でしかないのです。

 

 さて、ここまでフロムの『愛するということ』を批判してきましたが、なぜ私がこの作品を批判しなければならないのか、ということをすこしだけ語ります。

 上に記したとおり、フロムは「空想恋愛」の重要性を見落とし、「現実恋愛」だけが真の恋愛であるという「現実恋愛至上主義」に陥っています。このような発想は恋愛の本質を探ったり、本当に恋愛が苦手な人にも役立つ恋愛論を考えたりするときに、大きな落とし穴となるのです。

 数十年前に出版された「現実恋愛至上主義」的な恋愛論が、現代においても猛威を振るっていることに対して、私は相当な危機感を抱いています(これは単純な「恋愛否定」論ではなく、「現実恋愛至上主義」が恋愛を考えるうえで罠になる、という批判です)。

 フロム批判や「現実恋愛至上主義」批判、そして「空想恋愛」論については書き足りない部分がたくさん残っていますが、続きはまたの機会に書くことにして、今回はひとまず筆をおきます。最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

今週のお題「人生に影響を与えた1冊」